清の第4代皇帝。61年に及ぶ長期治世のもと三藩の乱平定や版図拡大を進め、清朝最盛期の礎を築いた。
わずか7歳で即位した康熙帝は、幼少期には後見の重臣鰲拝が実権を握っていたが、10代半ばで自ら鰲拝を排除して親政を開始すると、以後61年という中国史上最長の在位期間にわたって清朝の統治を主導した。即位当初の最大の課題は、明の降将から清に取り立てられながら南方に半独立の勢力を築いていた三藩の存在であり、康熙帝は彼らの撤藩を強行して反乱(三藩の乱)を招いたものの、8年に及ぶ戦いの末にこれを鎮圧し、清朝の中国支配を名実ともに確立した。
その後も、台湾の鄭氏政権を平定して版図に組み込み、北方ではネルチンスク条約を結んでロシアとの国境を画定させるなど、対外的な地歩を大きく固めた。内政面では治水事業や税制の整備に力を入れ、儒学を重んじて漢人知識人層の懐柔にも努めるなど、満洲族の王朝でありながら中国統治の正統性を丁寧に築き上げていった。この治世は続く雍正帝・乾隆帝の時代とあわせて「康煕・雍正・乾隆の盛世」と呼ばれる清朝最盛期の出発点となり、康熙帝自身も歴代中国皇帝の中でも屈指の名君として評価されている。