主人公の姚子衿は架空の人物で、宮中の料理を担う尚食局の女官という設定。相手役の皇太孫朱瞻基は後の宣徳帝で実在し、祖父の永楽帝や最初の妃胡善祥も実在の人物。尚食局という役所も明の宮中に実在したが、料理と恋を軸にした物語はほぼ創作である。
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靖難の変で甥から帝位を奪った永楽帝は、鄭和の南海遠征やモンゴル遠征を行い、1421年に都を北京へ移した。北京に新しく築かれた紫禁城には各国の使節が訪れ、宮中では尚宮・尚食などの「六尚」と呼ばれる女官の役所が后妃の生活を支えた。ドラマは永楽帝の晩年から、孫の朱瞻基が即位するまでを描く。
| ドラマでの役 | 実在モデル | 区分 | 史実での人物像 | ドラマとの違い |
|---|---|---|---|---|
| 姚子衿 | — | 架空 | 該当する実在の人物は確認できない。 | 料理の才で尚食局の頂点を目指し、皇太孫と恋に落ちる主人公はドラマオリジナル。 |
| 朱瞻基 | 宣徳帝(朱瞻基) | 実在 | 1399〜1435年。永楽帝にかわいがられ、早くから皇太孫に立てられた。1425年に即位し、父の洪熙帝とともにその治世は「仁宣の治」と呼ばれる。絵画や蟋蟀の闘わせ遊びを好んだことでも知られる。 | 料理人の女官と恋をする話は創作。史実の妃は胡善祥と孫氏(後の孫皇后)が知られる。 |
| 胡善祥 | 恭譲章皇后(胡善祥) | 実在 | 朱瞻基の最初の正妃で、即位後に皇后となった。男子に恵まれず、1428年に皇后の位を退かされ、孫氏が新たな皇后となった。 | ドラマでは女官として登場する。史実で女官だったのは姉の胡善囲とされる。 |
| 永楽帝(朱棣) | 永楽帝(朱棣) | 実在 | 明の第3代皇帝(在位1402〜1424年)。靖難の変で帝位を奪い、北京遷都や鄭和の遠征を行った。1424年、モンゴル遠征の帰途に死去。 | 孫を厳しくも愛情深く見守る祖父として描かれる。 |
| 朱高煦(漢王) | 朱高煦 | 実在 | 永楽帝の次男。兄(洪熙帝)と帝位を争い、甥の宣徳帝が即位した翌1426年に反乱を起こして鎮圧された。 | 朱瞻基の敵役として描かれる立場は史実に沿う。 |
区分:実在=史料に記録のある人物/合成=複数の人物をもとにした人物/架空=ドラマオリジナルの人物
姚子衿は実在の人物ではない。明の宮中に尚食局という女官の役所があったのは史実だが、そこで働いた個々の女官の名や事績はほとんど伝わっていない。
ドラマの胡善祥は尚食局の女官から皇太孫妃になるが、史料では、宮中で女官として仕えたのは姉の胡善囲とされる。胡善祥自身は家柄によって妃に選ばれたと考えられている。
史実の朱瞻基が寵愛したのは孫氏で、宣徳帝は即位後に皇后胡善祥を退け、男子(後の英宗)を産んだ孫氏を皇后にした。料理人との恋はドラマの創作である。
1424年に永楽帝が死去すると父の洪熙帝が即位したが、わずか1年足らずで死去し、1425年に朱瞻基が宣徳帝として即位した。翌年には叔父の朱高煦の反乱を自ら鎮圧している。1428年には皇后胡善祥を退け、孫氏を皇后とした。宣徳帝は1435年に38歳で死去し、9歳の息子朱祁鎮(英宗)が即位する。その英宗が1449年、モンゴルに捕らえられたのが土木の変である。
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