唐代の僧。インドへ渡り仏典を持ち帰り漢訳した。その旅の記録は後に『西遊記』のモデルとなった。
隋の時代に洛陽近郊で生まれ、幼くして出家した。各地で仏教を学ぶうちに、漢訳された経典の内容に食い違いが多いことに疑問を抱き、インドで原典を直接学ぼうと決意する。当時の唐は国外への旅を禁じていたが、629年(627年とする説もある)に長安をひそかに出発し、高昌国の王麴文泰の援助を受けながら、砂漠や天山山脈を越えて中央アジアを経由し、インドにたどり着いた。
インドでは仏教学の中心地ナーランダー寺で戒賢(シーラバドラ)に学び、戒日王(ハルシャ王)の厚遇も受けた。645年、657部もの経典を携えて長安に帰ると、国禁を破った罪を問われるどころか太宗の歓迎を受け、以後は亡くなるまで経典の翻訳に打ち込んだ。訳した経典は75部1335巻にのぼり、日本で最も広く読まれている『般若心経』も玄奘の訳によるものである。持ち帰った経典を納めるため、652年には大慈恩寺に大雁塔が建てられた。旅の見聞をまとめた地誌『大唐西域記』は当時の中央アジア・インドを知る貴重な史料であり、この旅をもとに明代に生まれた物語が『西遊記』である。日本から渡った道昭は玄奘に直接学び、法相宗を日本に伝えた。664年に没した。