中国史年表
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唐
唐とう / 618 – 907

玄奘三蔵げんじょうさんぞう

唐代とうだいの僧。インドへ渡り仏典を持ち帰り漢訳した。その旅の記録は後に『西遊記』のモデルとなった。

玄奘三蔵
伝: 春日基光(14世紀、メトロポリタン美術館蔵) / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

生涯・業績

隋ずいの時代に洛陽らくよう近郊で生まれ、幼くして出家した。各地で仏教を学ぶうちに、漢訳された経典の内容に食い違いが多いことに疑問を抱き、インドで原典を直接学ぼうと決意する。当時の唐とうは国外への旅を禁じていたが、629年(627年とする説もある)に長安ちょうあんをひそかに出発し、高昌国こうしょうこくの王麴文泰きくぶんたいの援助を受けながら、砂漠や天山山脈を越えて中央アジアを経由し、インドにたどり着いた。

インドでは仏教学の中心地ナーランダー寺じで戒賢かいけん(シーラバドラ)に学び、戒日王かいにちおう(ハルシャ王)の厚遇も受けた。645年、657部もの経典を携たずさえて長安ちょうあんに帰ると、国禁を破った罪を問われるどころか太宗の歓迎を受け、以後は亡なくなるまで経典の翻訳に打ち込んだ。訳した経典は75部1335巻にのぼり、日本で最も広く読まれている『般若心経はんにゃしんぎょう』も玄奘げんじょうの訳によるものである。持ち帰った経典を納めるため、652年には大慈恩寺だいじおんじに大雁塔だいがんとうが建てられた。旅の見聞をまとめた地誌『大唐西域記だいとうさいいきき』は当時の中央アジア・インドを知る貴重な史料であり、この旅をもとに明代に生まれた物語が『西遊記さいゆうき』である。日本から渡った道昭どうしょうは玄奘げんじょうに直接学び、法相宗ほっそうしゅうを日本に伝えた。664年に没した。

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