中国史年表
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西
西晋せいしん / 265 – 316

司馬炎しばえん(武帝ぶてい)

西晋せいしんの初代皇帝。魏ぎから禅譲ぜんじょうを受けて即位し、280年には呉ごを滅ぼして中国を再統一した。

司馬炎(武帝)
『聖君賢臣全身像冊せいくんけんしんぜんしんぞうさつ』 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

生涯・業績

魏ぎの重臣司馬懿しばいの孫、司馬昭しばしょうの子として生まれた。祖父と父の代に司馬氏しばしが魏ぎの実権を握り、263年には蜀しょくも滅ぼされていた。265年に父の後を継ぐと、まもなく魏ぎの元帝から禅譲ぜんじょうを受けて即位し、洛陽らくようを都とする晋しん(西晋せいしん)を建てた。280年には呉ごを滅ぼし、後漢末から約100年続いた分裂を終わらせて中国を再統一した。

統一後は占田・課田制せんでん・かでんせいと呼ばれる土地制度を定めるなど国の立て直しを図ったが、魏ぎが帝室の一族を冷遇したために孤立して滅んだことを教訓きょうくんとし、一族の皇族を各地の王に封ほうじて兵を持たせた。晩年は贅沢な後宮こうきゅう生活に溺れ、羊ひつじの引く車に乗って後宮こうきゅうを回り、車が止まった部屋へやで夜を過ごしたという逸話も残る。290年に没すると、後を継いだ恵帝けいていの統治能力の欠如と皇后賈南風かなんぷうの専横をきっかけに、翌291年から皇族の王たちが争う八王の乱はちおうのらんが起きた。この内乱で西晋せいしんは衰え、北方民族の華北進出(永嘉の乱えいかのらん)を招いて316年に滅亡することになる。

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