西晋の初代皇帝。魏から禅譲を受けて即位し、280年には呉を滅ぼして中国を再統一した。
魏の重臣司馬懿の孫、司馬昭の子として生まれた。祖父と父の代に司馬氏が魏の実権を握り、263年には蜀も滅ぼされていた。265年に父の後を継ぐと、まもなく魏の元帝から禅譲を受けて即位し、洛陽を都とする晋(西晋)を建てた。280年には呉を滅ぼし、後漢末から約100年続いた分裂を終わらせて中国を再統一した。
統一後は占田・課田制と呼ばれる土地制度を定めるなど国の立て直しを図ったが、魏が帝室の一族を冷遇したために孤立して滅んだことを教訓とし、一族の皇族を各地の王に封じて兵を持たせた。晩年は贅沢な後宮生活に溺れ、羊の引く車に乗って後宮を回り、車が止まった部屋で夜を過ごしたという逸話も残る。290年に没すると、後を継いだ恵帝の統治能力の欠如と皇后賈南風の専横をきっかけに、翌291年から皇族の王たちが争う八王の乱が起きた。この内乱で西晋は衰え、北方民族の華北進出(永嘉の乱)を招いて316年に滅亡することになる。